第7回:会議で決めたのに、なぜみんな動かないのか?
はじめに
「会議で合意したはずなのに、なぜみんな動かないのか?」「どこで止まってるんだ?」。このような疑問を抱いたことがないだろうか。
筆者自身にも類似の経験があるし、周囲の人からもよく耳にする。いかに会議で効率よく議論がなされ、決定が下されたとしても、実行されなければなんの意味もない。
そこで今回は、意思決定がされた後に皆が動きだすまでの心理メカニズムを考察し、その対策について考えてみよう。
「腹落ち」だけでは足りない?
腹落ちしてないから行動しないんだろう。筆者もそのように考えていた。だが、その「腹落ち」とは一体なにか。
辞書には「なるほどそうだと思う。納得する。得心する。」と書いてある。しかし、なんとも腹落ちし難い説明だ。
単なる理解や納得だけで人が動くなら、どれほど楽なことか。それなら、いちいち会議なんかしなくても、説明内容を録画して動画で共有しておくだけで十分なはずだ。
「マッキンゼーが教える科学的リーダーシップ」(クラウディオ・フェサー著、ダイヤモンド社、2017年)によると、合理的説得によって相手を動かそうとした場合、約50%の確率で相手が抵抗を示すのに対し、相手の価値観や感情に訴えかけると抵抗がほとんどなくなり、約9割の確率でコミットメントが得られるという。
つまり、単なる理解や納得だけでは不十分で、相手の内的な動機付けや、それに影響を与える事象に着目することが重要となる。
相手の内的な動機付けを知る第一歩は、相手に関心を持って、相手の話に耳を傾けることだ。
また、どういう時に興味を示しやすいのか、客観的に観察し、内面・外面から相手の心のベクトルを推定する。
その上で、相手の心のベクトルに共感を示し、そこに沿ったコミュニケーションを取ることで、相手のやる気を引き出す可能性が高まる。
心の免疫マップを探る
上記のようなやり方で、うまく相手のやる気を引き出すことができれば、行動につながる可能性はかなり高まる。だが、それでも十分ではない。目的を理解して、やる気はあっても行動できない、行動を変えられないということがありうる。なぜそのようなことが起こるのだろうか?
「なぜ人と組織は変われないのか」(ロバート・キーガン他、英治出版、2013年)という本が、人が行動を変えられない理由を探るシンプルな方法を提案している。
免疫マップというもので、以下の4つの要素を掘り下げることで、行動を変えられない心理的なメカニズムや、そこへの対処法を探ることができる。
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- 改善目標
- 阻害行動
- 裏の目的
- 固定観念
具体的な例を交えて紹介しよう。Aさんは新任の課長で初めて部下を持ったばかりだ。これまではずっと技術畑を歩んでおり、課長代理の時代は、高い技術と業務遂行能力で周囲をリードしていた。
Aさんの課で進めているプロジェクトでは遅延が発生し、トラブルも頻発していた。そこで課の定例会議で振り返りと問題分析を行ったところ、Aさんばかりが忙しく、部下にうまく仕事が委譲できていないことが明らかとなった。
1.改善目標
Aさんは、その結果を真摯(しんし)に受け止め、納得し、これからは自分の仕事のやり方を変えなければならないと腹落ちしており、権限委譲を改善目標に据えた。
2.阻害行動
次にその改善を阻害している行動を洗い出した。
- Aさんはいくつかの仕事を部下に振ってみたが、その結果出てきたものの品質が低かった。その際に改善の指示をするのではなく、結局自分で作り直してしまった。
- すぐいろいろな課題を見つけて、新しいことに手を出し、仕事を増やしていた。その結果、自分で仕事を抱え込み過ぎて、部下の教育ができなかった。
- 細かい仕事も部下に依頼せずに、目標とした権限委譲と逆行するかのように、結果的に一人で抱え込んでしまった。
このように改善に向けて動こうとしているが、別の方向にも動こうとしており、ベクトルの方向が合っていない。そして、結果としてなにも動いていない状態に陥っている。
客観的に見ると簡単にわかることだが、当事者から見るとなかなか気づかないことも多い。そして、個人レベルでもこういった問題が起こるので、組織ともなるともっと問題が複雑になり、片方では変化を促すような施策が実施され、他方でそれを阻害するような施策が実施されてしまうことはよくある。
3.阻害行動の背景にある裏の目的
次に、なぜ阻害行動をとっているのかを掘り下げた。すると、下記のような裏の目的があることがわかった。
- 自分が技術的には一番でありたい。
- プレーヤーとして活躍したい。
- さまつな仕事を頼んで、部下の仕事や成長を邪魔したくない。
いずれも会社員として仕事上の成果を上げたいという善意に根差しており、それ自体に大きな問題がある訳ではなかった。
4.その背景にある固定観念
では、なぜ善意に根差した行動が、阻害行動になってしまうのかを掘り下げると、下記のような固定観念があることが分かった。
- 自分が技術的には一番詳しく、自分でやるのが一番早くて品質も高い。
- 自分で手を動かして価値を生み出している人が偉く、手を動かさない人は給料泥棒だ。
- 細かい仕事では人は育たない。
このような固定観念を前提とすると、仕事上の成果を出したいという当たり前の目的が、阻害行動を引き起こしても不思議ではない。
行動を変えるためのステップを探る
では、どのようにすれば行動を変えて、動き出すことができるのだろうか?
このような場合、2つのアプローチがある。1つ目は、裏の目的を調整するアプローチ。2つ目は、固定観念を変えるアプローチだ。
裏の目的にも優先度があり、優先度が高い目的が明確になれば、別の目的は諦めがつくこともある。だだ、この方法は、どちらの目的も達成しなければならないときには使えない。
2つ目の固定観念を変えるアプローチは、簡単なものではない。固定観念の反証となるファクトを作り、積み重ねることによって、徐々に変えることができる。
たとえば上記の場合だと、一部の業務について重点的に部下を教育し、専門家を育ててみる。小さな仕事では人が育たないと考えているようなので、ある程度重要なテーマで、かつ、切り離して引き継げるテーマが望ましい。テーマを絞れば、時間がたつにつれて部下の方が詳しくなってきて、自分がやるべき仕事でないことが明白になる。
他方でAさんは、「技術的には一番でいたい」、「プレーヤーとして活躍したい」といった目的を持っている。こういった願望は、管理職になったからといって、すぐに捨てられるものでもない。一部の業務を委譲しながら、より高度な技術領域に踏み込めるよう目標を立てて、そういった仕事を探す必要がある。
Aさんの場合は新しい仕事を見つけるのが得意なタイプなので、自分の仕事が他の人の手に渡ること自体にはさほど抵抗がないだろう。
だが、なかには自分の仕事が減るのを嫌がる人もいるし、一部の業務テーマに限ったとしても、自分が一番じゃないと嫌な人もいる。この場合は、自分一人で行動を変えるのは難しいため、身近な人に自分の改善目標と免疫マップを共有し、阻害行動を起こした際に指摘をしてもらい、なにが大事なのかを思い出してもらうのがよい。
まとめ
今回は、会議で決まったことが実行されない、みんなが行動を変えない心理的な理由を掘り下げ、その対処法を紹介してきた。
このように根本的な原因に向き合うアプローチは、かなりの労力が必要なので注意が必要だ。
「第1回 図解で会議の問題構造をひもとく」でも述べたが、実務においてはなんでもかんでも根本原因に手を打てばよい訳ではない。これだけの労力を投資する価値のある、重要なテーマに限ってのみ、今回紹介したようなアプローチを検討するのがよいだろう。
(株)共同通信社 b.(ビードット)より転載
※本記事は、2019/7/29時点で共同通信社の外部メディアに公開された記事を、許可を得て転載しています。