第10回:会議のたびに余計な仕事を増やさない方法
はじめに
「そういえば、田中くん、デジタルトランスフォーメーションは知っているかね? うちの会社にもそれが必要だ。次の会議までに調べておいてくれ」
世の中の偉い人たちは勉強熱心な人が多く、次々に業界の新しい情報を仕入れてくる。そして、部下に詳しく調べさせようとして、会議のたびに部下の仕事が増えていくといった話はよく耳にする。
そこで、今回は会議で余計な仕事を増やさないためのテクニックについて取り上げてみよう。
業界の流行を追い掛けてよいのか
冒頭の偉い人のように、業界の流行を把握しておくことは大事だが、果たしてそれを素直に追い掛けてもよいのだろうか。
結論から言うと、業界の流行を「そのまま」追い掛けるのはやめておいた方がよい。
ビジネス書やセミナーで語られている「成功の法則」や「業界のベストプラクティス」なるものは、筆者が見てきた限りは成功した有名企業に共通する要素を後づけで説明したものにすぎない。それをきっちりまねしても、うまくいくとは限らないばかりか、仕事をしているつもりになって、際限なく時間を浪費してしまう。
ではどうすればいいのか
では、冒頭のようなケースでは、どうすればいいのだろうか。
業界の流行をそのまま追わないとしても、ある程度の状況は把握しておく必要がある。その流行の出どころとなった情報や、自社と同じ業界の企業の取り組み状況は一応調べておくとよいだろう。
このような調査は1人でやると大変だし、偏りも生じるため、何人か仲間を募って実施するのがよい。
他社の取り組みを軸の上にマッピングする
ある程度情報が集まったら、それを共有する会議を開催する。その際に、中間報告と称して、調査のきっかけとなった偉い人も呼んでおくのがポイントだ。すばやく対応をしているアピールにもなるし、そのまま流行を追うべきか否かの判断をその場でしてもらえるからだ。
ここでは、単純に各社の取り組み状況を共有しながら、その進み度合いで競合他社を並べてみるとよいだろう。進み度合いを正確に表現するのは難しいので、
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- ① 取り組みを始めただけ
- ② コスト削減に効果を発揮
- ③ 価値向上に効果を発揮
もし自社が業界トップで、かつ、弱小の競合他社が③のステージに居るなら、その取り組みはまねをしてもよいかもしれない。逆に自社が弱小企業で、業界トップが③のステージに居る場合は、同じ土俵で戦うのは避けるべきという判断になるかもしれない。
いずれにしろ調査を依頼した偉い人がその場にいれば、すぐに判断可能で、調査をダラダラと継続しなくて済む。
軸をずらす
では、同じ土俵で戦うのはやめようという結論になった場合は、次にどうすればよいのだろうか。
たとえば、冒頭の「デジタルトランスフォーメーション」のような大局的なトレンドであれば、これに逆らってもあまり意味がない。業務全般が効率化のためにデジタル化していくのは当たり前の流れだからだ。
だが、教科書的なデジタルトランスフォーメーションの競争には巻き込まれないように注意する必要がある。よく紹介されている事例では、レガシーシステムの刷新、クラウド化、人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)など新技術の活用、UX(ユーザー体験)デザインプロセスやアジャイル開発プロセスの導入などが紹介されている。つまり競争の軸は、
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- (A)システムの新しさ
- (B)活用度
- (C)導入プロセス
ここでポイントとなるのは、少し軸をずらすことだ。ではデジタルトランスフォーメーションの文脈でよく語られる軸を例に、それをずらすとはどういうことかを具体的に見てみよう。
軸をずらす際の観点
軸をずらす議論も、偉い人を含めてみんなで集まってやった方がよい。なぜなら、1人で勝手にずらすと、周囲との足並みが乱れて、実行のフェーズでつまずくからだ。結局、後からみんなを説得するために会議をやるなら、最初からみんなで議論した方が早い。
軸をずらす際の観点は4つある。順に見ていこう。
1.軸を減らす・なくす
最初に大事なのは、必須ではない軸を減らすことだ。前述の(A)システムの新しさについて、クラウド化をするとコストが削減されたりビジネスのスピードが上がったりするのだろうか。オンプレミス(自社運用)のシステムが適切に仮想化されており、クラウド化してもオンプレミスの基盤の運用人員を削減できないなら、クラウド化のコスト削減効果については疑わしい。
また、(B)活用度について、AIやIoTの新技術を導入して活用すれば、コスト削減や価値創造につながるのだろうか。確かにそのような事例はあるかもしれないが、ごくまれな上に、そのような事例にはよい側面しか公表されていない。ニーズがないのに技術だけを導入しても、価値を生み出すのは簡単なことではない。
このように、重要でない軸や効果が疑わしいものは、深堀りせずにいったん検討から外してしまうことで、議論が早くなる。
2.範囲を絞る
次のポイントは、いきなり総力戦を狙わず、範囲を絞ることだ。前出の(C)UXデザインに関していうと、ある程度洗練されたUXはもはや当たり前の要素になりつつあり、これに取り組んだからといって差別化にはならない。そこで、全面的にUXデザインプロセスに取り組むのではなく、たとえばモバイルの一部のサービスだけに範囲を絞って、そこから取り組み、ある程度知見をためた上で本当にやるべきかを判断するといった方法を取ることができる。
3.逆にする
範囲を絞ったら、次は競争を逆手に取れる要素がないかを探る。たとえば、最近ではマーケティングオートメーションが流行しており、流行を後追いする会社はマーケティングのデジタル化に躍起になっている。だが、デジタルマーケティングはメールやSNSなどのデジタルツールで顧客接点を持つため、営業担当者が直接接点を持つ場合と比べて取りこぼしが多い。
こういった性質を利用して、あえてリアルな顧客接点にこだわるといった戦略もあり得る。たとえばダイレクトメールを1,000通送って、開封率が0.5%とすると、5人に電話した方がきちんと伝わるだろう。
4.別の軸を再設定する
以上の検討のなかで、顧客接点をすべてデジタル化するのではなく、いかにすばやく人的な接触に変えるかといった軸が出てきた。最初にデジタルトランスフォーメーションという言葉から出てきた「(A)システムの新しさ(B)活用度(C)導入プロセス」の3つよりも、ずいぶんシンプルで、コストもかからず、やることも明確になった。
このように既存の競争軸に疑いの目を向け、削ったり、逆を検討してみたりすることで、自分たちはどこで勝負をするのかという戦略が生まれる。戦略を明確にすれば、総花的になんでもかんでも取り組み、常に忙しいけど目立った成果が出ないといった状態から抜け出すことができる。
会議にも軸をずらす時間を設ける
日常の会議では、出てきたアイデアをそのまま優先度順に整理して、順に取り組んでしまいがちだが、それでは会議のたびに仕事が増えてしまう。
会議でアクションを決める前に、努力の方向が間違っていないか、自分たちの競争の軸はどこにあるのかをまず見直すとよい。会議の時間は少し長引くが、やらなくてよい仕事を増やすよりは桁違いのコスト削減になる。また、本来やるべきことに集中できるため、実施率や品質を上げることにもつながるだろう。
会議のたびに仕事が増えて困っているという方は、ぜひお試しいただきたい。
(株)共同通信社 b.(ビードット)より転載
※本記事は、2019/10/23時点で共同通信社の外部メディアに公開された記事を、許可を得て転載しています。