業務部門自らデジタル化、ではIT部門の役割とは?
DX推進のカギは業務部門自らのデジタル化。
だがそれだけでは不十分
前回は「DX/デジタル化推進のカギは最前線で働く業務部門」であることについて掘り下げた。業務部門とIT部門のお互いにわかりあえない深い溝。「使う人」と「作る人」が別であることの弊害は想像以上に大きく、心理的・物理的なコミュニケーションコストが発生しているということだ。
そこで大事になってくるのは「業務部門が覚悟を決め、自ら業務のデジタル化に取り組むこと」である。「デジタルの民主化」を体現されている大企業の事例が少しずつ世の中に出ていることもお伝えした。
DXを実現するならば、全社員が「デジタル前提」で業務に取り組まねばならない。その第一歩を業務部門に踏み出してほしい。そんな願いを込めて書いた。
しかし、それだけでは不十分なのだ。業務部門が「デジタル前提の考え方」に成長するのは第1ステップ。DXとは各部門だけの話ではない。部門同士がシナジーを起こし、会社全体でトランスフォーメーションしなければならないのだ。そこで重要になるのがIT部門の役割だ。ということで、今回はIT部門にスポットライトを当てていきたい。
「デジタルの民主化」と未来DXが成功するかはIT部門の動き次第
「デジタルの民主化」=業務部門が自らの業務を自らの手でデジタル化すること、とお伝えしたが、誤解してはならないことがある。
それは、業務部門がIT部門に相談もなく、自分勝手にツールを入れてルールもなくデジタル化を進めてはいけないということだ。自分たちですべてやるのが自律だと思ったら大間違い。DXを推進するには「部分最適」が一番怖いのである。
今は月額支払いの「サブスクリプション」形式のクラウドサービスで気軽にITツールが利用できるため、初期コストもそこまでかからず導入しやすい。
しかし、アカウント管理や、セキュリティーの問題をクリアした状態で導入を進めているだろうか。また、自身の業務は企業全体のビジネスプロセスの一部であるという意識を持ちつつツールを選定しているだろうか。
今はコロナ禍ということもあり、自宅や私用デバイスからのアクセスも考慮しなければならない。IT部門が把握していないツール=シャドーITから顧客情報が漏れたり、社内の他システムとの連携が難しくなったり、異なる部署で同じようなツールを導入してしまいフタを開けてみたらダブルコストだったり、ツールごとに蓄積された貴重なデータが一元管理できず結局サイロ化したりと、生産性を上げるためにツールを導入したのにかえって仕事が増える、さらにはDXから遠のくという残念なことになりかねない。
最前線で戦う業務部門はその業務のプロだ。自分の業務に関連するITツールの情報収集は実はIT部門よりも早いこともあるだろう。しかし、いざ導入検討というときは、業務部門はまずIT部門に相談するべきだ。
IT部門においては、社内のITツールの状況をすべて把握することはもちろん、世の中のITツールに関する情報収集は怠らず、IT専門家としての立場から業務部門にアドバイスできるようにしておかねばならない。
そして、全社的な観点からは、複数のITツールが乱立することはやはり避けたい。IT部門がリードして全社で業務デジタル化を推進できるプラットフォームのようなツールならば統制しやすいだろう。今はIT知識を必要とせず業務部門が自らアプリケーションを開発できるノーコードツールが数多く提供されているが、導入時は全社で利用する際の統制ノウハウとともに実装していくことが重要だ。
IT部門は業務部門が安心して自分の業務のデジタル化に注力できるよう、全社利用に耐えうるプラットフォームを用意し、業務部門の自律をサポートしつつも、裏ではきっちりとコントロール・統制することが望ましい。「業務部門が自らデジタル化するからIT部門はいらなくなる」などということは決してないのである。
デジタル前提で自律する組織文化はIT部門のサポート/統制があってこそ
実際にIT部門がリードして業務デジタル化ツールをプラットフォームとして導入し、全社での業務デジタル化を継続的に実行、それが企業文化として定着している事例をご紹介しよう。IT部門が「サポートに徹しつつ統制する」とは具体的になにをすべきなのか。
とあるメーカーの事例である。
「現場がサービスを使い倒し自律した業務改革を継続すること」を目指すA社のIT部門。
開発する主体はあくまで「業務部門のユーザー」と位置づけ、IT部門は完全に「サポート」という役割に徹している。
その結果、フロント、バックオフィスなどの業務部門が自律し、すでに10年以上全社で業務のデジタル化を継続して実行し、企業文化として定着している。
このIT部門のサポート/統制の施策は年々進化を遂げている。導入時のセキュリティーチェックや、アカウントの管理、アクセス権限のコントロールなどはもちろんだが、とにかく業務部門にプラットフォームを使い倒してもらうためのアイデアが満載だ。
まずはユーザーを巻き込んだ体制。業務部門それぞれの部署にて必ず「開発担当者」を任命し、定期的に講習会を行う。任命された開発担当者が異動する際は必ず後任を指名しなければならない。なにか困ったときにいつでもチャットで相談できるコンシェルジュ(ヘルプデスク)体制も完備している。
また、社内PR活動も活発だ。親しみやすく漫画や動画を使ったマニュアル、初級/中級/上級とユーザーのツール習得レベルに合わせて出し分ける社内向けメールマガジン。汎用(はんよう)的なテンプレートを充実させ、ゼロからのスタートではなく1から10に上げる工夫。そして、ツールを「機能」で説明するのではなく「働くシーン」を用いて現場目線で説明することで、業務部門の方でもスッと理解できるようだ。IT部門は業務部門の自律をサポートするため積極的にアイデアを出している。
そして、「IT統制」の観点でも素晴らしい取り組みがある。アプリケーションが乱立しないよう、「課金制度」を用いているのだ。業務部門は自部署で費用を捻出した上でアプリケーションを作成することになるので、効果を出すために真剣に取り組む。また、IT部門にてすべてのアプリケーションを見える化し、あまり使われていない不要なアプリケーションは削除するなどの定期的な棚卸し運用も欠かさない。
このような「自律のサポート」と「きっちりIT統制」のもと、現状では2000ものアプリケーションが稼動中。業務部門の開発者はなんと200人を超えるというから驚きだ。
そしてそれが10年続いているということは、完全に組織風土として定着しているといえる。デジタル前提で業務を考える組織に成長したのは、IT部門の継続的なサポート・統制の仕組み無しには語れないだろう。
現在ではこの成功事例を学ぼうと、他社のIT部門の方が集まり勉強会なども開いている。
IT部門の未来:DX体質を育むためのシステムアーキテクチャを考える
前述の事例では、「デジタルの民主化」をリードしていたのはIT部門だった。
業務部門が自律的になるよう手厚いサポートを仕組み化し、裏ではセキュリティー・コスト・サステナビリティー(持続可能性)を意識しながらしっかりと統制、最終的にデジタル前提の自律した組織風土を育んでいた。
「デジタルの民主化」とは業務部門のためだけのものではない。
「デジタルの民主化」が誤った方向に進むと独立性が高まりサイロ化が進み、ある程度のところまでDX的な動きは進むかもしれないが、最終的に企業全体のDXにはつながらず、途中で止まってしまう。この激しい環境変化のなか、トランスフォーメーションが途中で止まるということは衰退のはじまりだ。
「デジタルの民主化」は最終的に会社全体がデジタル体質へトランスフォーメーションするための武器のひとつで、大事なのは組織のあり方に合わせた企業全体のシステムアーキテクチャを考えることだ。そこにIT部門は欠かせない存在になる。
今まではIT部門は「作る人」だったが、それが今後は(範囲は限られるが)業務部門にバトンタッチされることになる。IT部門は業務部門をサポートしつつも、全体最適の姿を念頭に置き、より経営に近い目線を持たなければならない。
システムの機能や技術面だけではなく、業務プロセスや企業の風土改革にまで踏み込むところまで目線を上げていかなければならないのだ。
さて、次回はいよいよ最終回。
これまで、DX/デジタル化とは何か、その本質は企業文化にあること、その中での業務部門やIT部門の役割についてもお伝えしてきた。そして最後の締めくくりは「経営層・改革推進者」である。企業がDXを実現するためには、ありたい姿を描く経営層と、それを実行に移すための改革推進者が積極的にリードしなければなにも始まらないと思っている。
ということで、次回は経営層・改革推進者の視点についてお話ししていきたい。
(株)共同通信社 b.(ビードット)より転載
※本記事は、2021/6/8時点で共同通信社の外部メディアに公開された記事を、許可を得て転載しています。
連載:デジタル化/DXコラムはこちら
- 第1回:コロナ禍で企業のDXとデジタル化は進んでいるのか?
- 第2回:DXにつながる「デジタル化」 デジタル化の本当の意味を知っていますか?
- 第3回:DXの本質は「人と組織、企業文化」にあった
- 第4回:〜DX/デジタル化はじめの一歩〜 DX/デジタル化のキモは業務部門にあり
- 第5回:~DX/デジタル化はじめの一歩~ 業務部門自らデジタル化、ではIT部門の役割とは?